国鉄115系電車は2026年もまだ乗れる!残る2エリアと引退までのタイムリミット

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「国鉄115系電車って、もう乗れないんでしょ?」——そう思っている人、ちょっと待ってください。2026年8月の時点でも、115系はまだ現役で走っています。結論から言うと、いま定期列車で115系に乗れるのは長野県のしなの鉄道JR西日本の岡山・下関エリアの2つだけ。JR東日本からは2022年3月に完全撤退し、残った車両も新型への置き換えが着々と進んでいます。しなの鉄道は「2028年まで」と自ら期限を切っていて、JR西日本側も227系の投入で毎年のように運用が減っている状況です。この記事では、115系がどんな電車なのか、113系と何が違うのか、番台ごとに座り心地がどう変わるのか、そして2026年のいま「どこへ行けば会えるのか」までまとめて解説します。鉄道マニア向けの難しい話ではなく、これから乗りに行く人が困らない実用情報として書いていきます。

✅ この記事でわかること

✓ 115系の基本スペックと「坂と雪に強い」理由

✓ そっくりな113系との3つの見分け方

✓ 2026年に115系へ乗れる路線とエリア

✓ 保存車に会える場所と、乗るときの作法

目次

国鉄115系電車って結局どんな電車?1963年生まれ・1,921両の「坂と雪の主役」

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115系とは?1963年デビューの直流近郊形電車

115系は、1963年2月に営業運転を始めた直流近郊形電車です。近郊形というのは、都市近郊から地方都市までの中距離を走る電車のこと。ドアが片側3枚で、車内はボックスシート(4人向かい合わせ)とロングシートが混ざった配置になっているのが典型です。

なぜこの形式が生まれたかというと、当時の国鉄には「暖かくて平坦な東海道本線向け」の111系しかなかったからです。同じ電車を上越線や中央東線に持っていくと、長い上り坂で力が足りず、冬は雪でドアや機器が凍りつく。そこで111系をベースに、勾配区間と寒冷地に耐えられるよう作り直したのが115系でした。

製造されたのは1963年1月から1983年6月まで、実に20年半にわたります。1つの形式を20年つくり続けるというのは相当に異例で、それだけ「使い勝手のいい万能選手」だったということです。最高運転速度は100km/h、車体は長さ20m・幅2.9mの、いわゆる国鉄標準サイズです。

乗る人にとってのポイントは、この「20年」が車内の差になって表れること。同じ115系でも製造年によって座席の広さも冷房の有無も違います。詳しくはこのあとの番台の章で説明します。

総製造両数1,921両という規模感

115系は全部で1,921両つくられました。この数字だけ聞いてもピンと来ないと思うので、感覚に落とすと——10両編成なら192本ぶん、3両編成なら640本ぶんです。首都圏から中国地方まで、直流電化された非新幹線区間の「普通列車」の顔が、ほぼこの1形式で埋まっていた時期があったわけです。

1987年の国鉄分割民営化のとき、承継されたのは計1,875両。内訳はJR東日本が1,186両、JR西日本が590両、JR東海が99両でした。全体の6割以上をJR東日本が引き継いだ計算になります。上越線・信越本線・両毛線・中央東線・東北本線・高崎線と、寒くて坂の多い路線をたくさん抱えていたからです。

その最大勢力だったJR東日本が、2022年に115系をゼロにしました。逆に承継数では3分の1以下だったJR西日本のほうが最後まで残っている——このねじれが、115系のいまを理解するカギになります。

🚃 鉄道トリビア
115系の車体高は4,077mmですが、初期の0番台だけは4,140mmと6cmほど高くなっています。一方で中央東線の狭いトンネルを通るために、屋根上のパンタグラフ部分を低く削ったモハ114形800番台という特殊車も0番台の中に存在しました。「同じ形式なのに背の高さが違う」のは、走る路線のトンネル事情に合わせた結果です。

「抑速ブレーキ」という、坂道での隠れた主役

115系が113系と決定的に違うのが、抑速ブレーキを備えていることです。これは長い下り坂で弱い電気ブレーキを効かせ続け、速度が上がりすぎないようにする仕組み。碓氷峠のような急勾配はもちろん、上越線や中央東線の連続下り勾配でも、通常のブレーキだけだと使い続けて過熱してしまうため、この装置が必要でした。

あわせて搭載されたのが「ノッチ戻し」の機能を持つCS15A形主制御器です。上り坂で加速中に、運転士がノッチ(アクセルにあたる操作)を戻して加速力を細かく調整できる仕組みで、坂の途中で速度を保ったまま走るのに役立ちます。この2つがセットになって「勾配線区用」を名乗れる電車になりました。

モーターも強化されています。111系が100kWのMT46だったのに対し、115系は120kWのMT54を採用。約2割の出力アップです。この強いモーターは、のちに113系にも採用されました。つまり115系は「113系の兄」ではなく、実質的には113系の設計に先行した存在だったわけです。

乗って体感できるポイントもあります。下り勾配で115系に乗ると、ブレーキ音がほとんどしないのに速度が一定に保たれる場面があります。あれが抑速ブレーキが効いている瞬間です。

ちなみに「クハ115」「モハ114」といった記号の読み方を知っておくと、ホームで編成の中身が一瞬で読めるようになります。

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半自動ドアと耐寒耐雪装備|雪国で生き残るための工夫

雪国仕様のもうひとつの柱が、半自動ドアです。駅に停まったときに全部のドアが開きっぱなしだと、冬は車内の暖気が一気に逃げてしまいます。そこで115系は、乗り降りする人だけがボタンでドアを開けられる構造にしました。いまでこそJR東日本の在来線では当たり前ですが、1963年当時としてはかなり先進的な発想です。

加えて、屋根上の通風器を雪が入りにくい押込式にする、機器類に耐寒耐雪処理を施すなど、細かい対策が随所に入っています。1000番台では、モーターの冷却風から雪を分離する「雪切室」という専用の部屋まで設けられました。冷却のために外気を吸い込むと粉雪も一緒に入ってきてモーターが故障するため、これを物理的に分離する部屋です。

この「地味だけど効く」設計が、115系が豪雪地帯で40年以上も走り続けられた理由でした。逆に温暖な岡山・広島向けの2000番台や3000番台では、この耐寒耐雪装備を意図的に省いて軽量化しています。同じ形式名でも、走る土地に合わせて中身を変えていたわけです。

113系とそっくりなのに中身は別物|プロでも迷う3つの見分け方

よくある誤解|「顔が同じだから同じ形式」ではない

結論から言うと、113系と115系は顔がほぼ同じで中身が違う電車です。写真だけで判別しようとすると鉄道に詳しい人でも間違えます。実際、SNSに上がる「113系」の写真が115系だった、という取り違えは日常茶飯事です。

そもそもの出自を整理すると、まず1962年に東海道本線東京口向けの111系が登場します。これはモーターが100kWのMT46で、暖地・平坦線区向けでした。翌1963年1月に、111系をベースに120kWのMT54を積み、抑速ブレーキ・半自動ドア・耐寒耐雪装備を追加した115系が誕生。同じ1963年の年末には、111系のモーターだけをMT54に強化した113系が登場しました。

つまり115系のほうが113系より先に世に出ているのです。「113の次が115」だと思っている人は多いのですが、実際は逆。この順番を知っているだけで、115系の設計思想がぐっと理解しやすくなります。

🔵 115系(1963年1月)

抑速ブレーキ・ノッチ戻し機構あり/半自動ドアあり/耐寒耐雪装備あり/勾配線区・寒冷地向け/総数1,921両

🟠 113系(1963年12月)

抑速ブレーキなし/基本は自動ドア/暖地・平坦線区向け/東海道・横須賀・関西の主力/モーターは115系と同じMT54

見分け方その1|走っている路線を見る

最も確実なのは、走っている場所で判断することです。115系は上越線・信越本線・中央東線・両毛線・伯備線など、坂と雪がある路線に配置されました。対して113系は東海道本線・横須賀線・湖西線・草津線など、比較的平坦で温暖な路線が主戦場です。

この使い分けは合理的で、抑速ブレーキという高価な装備を平坦線区の電車に積んでも無駄になるから。国鉄は「必要な線区にだけ必要な装備を」という考え方で形式を分けていました。

2026年のいま、この見分け方はさらに簡単になっています。113系はJR西日本の北近畿エリアにごくわずかしか残っていないため、「岡山・山口・長野で見た国鉄形近郊電車=ほぼ115系」と考えて大きく外しません。

113系のいまの姿については、こちらの記事で詳しくまとめています。

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見分け方その2|ドアの脇にボタンがあるか

ホームで車両に近づけるなら、ドアの横を見てください。115系には半自動用のドアボタンが車内・車外の両方に付いています。113系の多くにはこれがありません。乗る直前の数秒で確認できる、いちばん実戦的な方法です。

JR西日本の岡山地区で走る115系のリニューアル車では、このドアボタンが223系に近い仕様に交換されていて、車外のボタンはLED照明入り。夜のホームでもはっきり光って見えるので、暗くても判別できます。

ただし注意点もあります。後年の改造で113系にドアボタンを追加した車両も存在するため、「ボタンがある=必ず115系」とまでは言い切れません。路線の情報とセットで判断するのが確実です。

見分け方その3|形式番号を直接読む

いちばん確実なのは、車体側面や車内の銘板に書かれた形式番号を読むことです。「クハ115-1106」「モハ114-1000」のように、ハイフンの前の3桁がそのまま形式を示します。115系なら115か114、113系なら113か112が入ります。

面白いのは、115系の電動車ユニットが「モハ115+モハ114」というペアになっている点。114という番号は独立した形式ではなく、115系の相方として存在します。同様に113系のペアは「モハ113+モハ112」です。つまり車内で「モハ114」と書かれた銘板を見つけたら、それは100%115系ということになります。

この番号は、ドア横の壁や車端部の妻面(車両のつなぎ目側の壁)に小さく書かれています。乗ったら1分以内に探してみてください。旅の記録として写真に残しておくと、あとでどの車両に乗ったか正確にわかります。

番台がわかると座り心地が読める|0番台から3000番台までの違い

番台がわかると座り心地が読める|0番台から3000番台までの違いの解説画像

0番台(569両)|すべての始まりとなった初期グループ

0番台は1963年から1971年にかけて569両が製造された、115系の最初のグループです。投入先は東北本線・高崎線、そして中央東線。4両ユニット2本を組み合わせた基本8両編成を最小単位とする設計で、長編成での運用を前提にしていました。

中央東線用には、モーターなし・運転台なしの中間車サハ115形も用意されました。また前述のとおり、狭小トンネル対応のモハ114形800番台もこのグループに含まれます。

0番台の特徴は、非冷房で登場したこと。1960年代の普通列車に冷房は贅沢品で、扇風機と開く窓が標準装備でした。のちに冷房改造された車両もありますが、この世代は現在ほぼ姿を消しています。「いま乗れる115系」を探している人が0番台に出会う可能性は、ほぼないと考えていいでしょう。

300番台(488両)|ようやく冷房が付いた世代

1973年10月に登場したのが300番台です。1977年までに488両が製造されました。最大の変更点は、AU75C形という集中式冷房装置を最初から搭載したこと。屋根の中央にキノコのような大きな冷房装置が載っているのが外から見てもわかります。

窓もアルミサッシを一体化した「ユニット窓」に変わり、外観がすっきりしました。地味な改良ですが、ロングシートの奥行きが520mmから550mmに拡大されているのもこの世代です。3cmの差ですが、深く腰掛けたときの安定感は明らかに違います。

冷房を積むと重量が増え、電力も食います。それでも国鉄が冷房化に踏み切ったのは、私鉄との競争で「冷房がない国鉄」という評判が定着しつつあったから。300番台は、国鉄が接客設備でようやく本気を出した節目の世代と言えます。

1000番台(651両)|115系で最も居住性が高いグループ

115系のなかで最多となる651両が製造されたのが1000番台です。1977年から1982年にかけて、上越線・信越本線用に投入されました。この世代の目玉はシートピッチ改善です。

具体的な数字を挙げると、ボックスシートのシート幅が930mmから1,040mmへ、向かい合うシートの間隔が1,420mmから1,490mmへ拡大されました。幅で11cm、前後で7cmの拡大です。4人掛けボックスに実際に4人で座ると、この差ははっきり体感できます。膝がぶつかるかどうかの境界線が、まさにこのあたりだからです。

もうひとつの特徴が雪切室。豪雪地帯の上越線・信越本線で使うため、モーターの冷却風から雪を分離する専用スペースを車内に確保しました。その分だけ客室が短くなっていますが、故障を減らすためには必要な設計でした。しなの鉄道に譲渡された115系も、この1000番台が中心です。

💡 ヒント

ボックスシートでゆったり座りたいなら、狙うべきは1000番台。しなの鉄道の115系はこの1000番台がベースなので、長野へ行けば「115系でいちばん広いボックスシート」に座れます。窓側に座って千曲川沿いの車窓を眺めるのが定番の楽しみ方です。

2000番台・3000番台|西日本仕様と、転換クロスシートの異端児

2000番台は1978年から1981年にかけて147両が製造され、岡山・広島地区に投入されました。温暖な地域向けなので耐寒耐雪装備を軽減しているのが特徴です。3両編成での運用に対応するため、身延線向けのモハ114形2600番台(パンタグラフの折畳高さを3,960mmに抑えた低屋根車)もこのグループに含まれます。

そして115系の中でも別格なのが3000番台です。1982年から1983年にかけて66両だけつくられ、広島地区の「ひろしまシティ電車」用に投入されました。何が違うかというと、ドアが片側2枚、座席が転換クロスシートという設計。進行方向に合わせて背もたれを転換できる、いわば新快速仕様のシートです。塗装も従来と違い、クリーム1号に青20号の帯という「瀬戸内色」を初めてまとった車両でした。

この3000番台は現在、JR西日本の下関総合車両所下関支所にN編成として在籍しています。2026年2月時点で18編成が在籍し、117系から改造された3500番台も含まれます。40年以上前の車両とは思えない座り心地で、山陽本線の岩国〜下関を走っています。

番台 製造年・両数 座席・冷房 主な投入先
0番台 1963〜1971年/569両 ボックス+ロング/非冷房で登場 東北・高崎線、中央東線
300番台 1973〜1977年/488両 ロング奥行550mm/冷房付き 各線の増備用
1000番台 1977〜1982年/651両 シート幅1,040mm・間隔1,490mm 上越線、信越本線
2000番台 1978〜1981年/147両 耐寒耐雪装備を軽減 岡山、広島地区
3000番台 1982〜1983年/66両 2扉・転換クロスシート 広島地区(現在は下関)

※ガタンゴトン研究所調べ。両数・製造年は各番台の製造実績にもとづく数値です。

2026年、まだ乗れるのはこの2エリアだけ

結論|しなの鉄道とJR西日本、それだけです

2026年8月現在、定期列車で115系に乗れるのは長野県のしなの鉄道JR西日本の岡山エリア・下関エリアだけです。かつて1,000両以上を抱えたJR東日本にはもう1両も残っておらず、JR東海も2009年までに大半を廃車にしています。

「ちょっと乗りに行こう」と思ったとき、実質的な選択肢は3つ。長野へ行くか、岡山へ行くか、山口・下関方面へ行くか。この3択です。そしてどのエリアも新型車両への置き換えが進行中なので、行くタイミングは早いほど確実です。

誤解しやすいのが「まだ何百両も残っているから当分大丈夫」という感覚。実際には、残っている車両の多くが特定の時間帯・特定の運用にしか入らないため、行き当たりばったりで駅に行っても会えないことがあります。事前に運用情報を調べるひと手間が、遠征の成否を分けます。

🚆 2026年 115系エリアガイド

しなの鉄道 しなの鉄道線(軽井沢〜篠ノ井)・北しなの線(長野〜妙高高原)/2028年まで運行予定

JR西日本 岡山エリア 山陽本線・伯備線・赤穂線・宇野線・福塩線など/A編成・D編成が運用中

JR西日本 下関エリア 山陽本線(岩国〜下関)/2扉転換クロスの3000番台N編成

JR西日本・岡山エリア|227系「Urara」に追われる日々

岡山エリアの115系は、山陽本線・伯備線・山陰本線・福塩線・赤穂線・宇野線という広い範囲で使われてきました。岡山駅のホームに立てば、黄色一色に塗られた国鉄形が次々と発着する——という光景が長く続いていたエリアです。

その景色を塗り替えているのが、227系500番代「Urara(うらら)」です。岡山・備後エリア向けに2両編成と3両編成をあわせて101両が導入され、2023年7月22日から営業運転を開始しました。愛称は2022年に一般公募され、約1,200件の応募から選ばれたものです。ピンクのグラデーションをまとった外観で、黄色一色の115系とは対照的です。

置き換えは着実に進み、115系のG編成は2026年3月13日をもって営業運転を終了しました。2026年4月の時点で普通列車・臨時列車に入っているのはA編成とD編成です。さらに227系500番代のH編成8本が2026年3月改正から伯備線(新郷以北)と山陰本線(伯耆大山〜西出雲)で運用を開始しており、115系の活躍範囲は年々狭まっています。

JR西日本・下関エリア|2扉転換クロスの3000番台が最後の砦

山口県側で走っているのが、3000番台を中心としたN編成です。下関総合車両所下関支所に所属し、2026年2月時点で18編成が在籍しています。117系から改造された3500番台も混ざっているため、編成によって細部が異なるのも面白いところです。

この3000番台の魅力は、なんといっても転換クロスシートです。1982年製の車両とは思えない座り心地で、山陽本線を2時間近く乗り通しても疲れにくい。しかも2扉なので、ドア付近のスペースが少なくその分だけ座席が多く配置されています。「国鉄形なのに快適」という、ちょっと珍しい体験ができる車両です。

ただしこのエリアにも置き換えの波が来ています。山口地区には227系「Kizashi」が2026年度以降、2両編成2本・3両編成6本と順次投入される計画が伝えられています。3000番台の在籍数18編成という数字が減り始めたら、そこからは早いと考えたほうがいいでしょう。

他の国鉄形と組み合わせて回ると効率がいい

せっかく遠征するなら、同じエリアに残る他の国鉄形電車もまとめて回るのが賢い使い方です。岡山周辺なら伯備線・山陽本線の115系に加え、山陰方面の気動車も視野に入ります。九州方面まで足を延ばすなら、関門トンネルで今も現役の415系にも会えます。

実際、下関駅は115系と415系の両方が発着する数少ない駅です。山陽本線の115系で下関に着き、そのまま関門トンネルを415系で渡って門司へ——という乗り継ぎができるため、1日で2形式を体験できます。時刻表を見比べて計画を立てる価値があるルートです。

関門トンネルの415系については、こちらで詳しく解説しています。

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JR東日本から消えた日と、いま静かに眠る2両

2022年3月11日、予告なしのラストラン

JR東日本の115系は、2022年3月11日をもって新潟地区での定期運行を終了しました。この日で、JR東日本の定期列車から115系が完全に姿を消しています。新潟地区での活躍期間は46年に及びました。

最終日に稼働していたのは、N34編成(三次新潟色)、N35編成(二次新潟色)、N38編成(湘南色)の3本。このうちN38編成が信越本線からえちごトキめき鉄道へ乗り入れる快速3374Mに入り、これが最後の営業運転となりました。

特徴的なのは、事前の告知がまったくなかったことです。近年の引退では記念ヘッドマークやさよなら列車が設定されるのが通例ですが、新潟の115系は静かに運用を終えました。結果として、その日たまたま乗り合わせた人だけが最後を見届けた形になっています。

⚠️ 注意
「引退が近い車両にはさよならイベントがあるはず」と考えて予定を後回しにするのは危険です。新潟の115系のように、告知なく静かに運用を終えるケースは実際にあります。乗りたい車両があるなら、イベント情報を待たずに動くのが確実です。

新津鉄道資料館のクモハ115-1061

走る姿は見られなくなりましたが、車両そのものに会える場所は残っています。ひとつが新潟市秋葉区の新津鉄道資料館です。ここには115系のクモハ115-1061が2017年に収蔵され、同年7月15日から公開されています。

入館料は一般300円、高校・大学生200円、小中学生100円。土曜・日曜・祝日は中学生以下が無料になります。開館時間は9時30分から17時(入館は16時30分まで)で、休館日は毎週火曜(祝日の場合は翌日)と年末年始です。ワンコイン以下で国鉄形車両にじっくり向き合える施設としては、かなりコストパフォーマンスが高い部類に入ります。

注意点として、屋外展示の車両は通常は外観のみの公開です。車内に入れるのは不定期に開催されるイベント時に限られます。車内も見たい場合は、訪問前に公式サイトのイベント情報を確認してから予定を組んでください。

📍 新潟市新津鉄道資料館
所在地 新潟県新潟市秋葉区(JR信越本線 新津駅からバス)
展示車両 クモハ115-1061ほか(2017年7月15日公開開始)
入館料・時間 一般300円/9:30〜17:00(入館16:30まで)/火曜休館
公式サイト 新津鉄道資料館 公式サイト

長野県千曲市のクハ115-1106と、京都での特別展示

もう1両、個人の手で守られている車両があります。長野県千曲市の万葉超音波温泉の敷地内に置かれているクハ115-1106です。1978年に製造されて小山電車区に新製配置され、新前橋・松本などを経て2007年に長野総合車両センターへ。2015年に廃車となったあとはブランシュたかやまスキーリゾートで休憩所として使われ、2022年7月に千曲市へ移設されました。

この車両が特別なのは、電気設備が修繕されていて、前照灯・室内灯・SOSボタンなどが実際に動作する状態で保存されていること。単なる「置いてあるだけの車体」ではなく、生きた状態に近い形で残されている点が、鉄道ファンから高く評価されています。

また、JR西日本で引退したG編成のうちG-01編成は、2026年5月14日から18日まで京都鉄道博物館の本館1階「車両のしくみ/車両工場」エリアで特別展示されました。引退直後の車両が屋内で間近に見られる貴重な機会で、こうした企画展示は今後も行われる可能性があります。博物館の公式サイトを定期的にチェックしておくと、思わぬ再会があるかもしれません。

📍 万葉超音波温泉(クハ115-1106保存場所) 長野県千曲市(しなの鉄道 戸倉駅周辺)

しなの鉄道の115系はあと数年|「プロジェクト115」で会いに行く段取り

62両を3回に分けて譲り受けた経緯

しなの鉄道の115系は、JR東日本から3回に分けて譲渡されました。1回目は1997年、しなの鉄道線の開業用にS1〜S11編成(3両編成11本・33両)。2回目は2013年、169系と115系未更新車の置き換え用にS21〜S27編成(2両編成7本・14両)。3回目は2015年、北しなの線の開業用にS12〜S16編成(3両編成5本・15両)です。合計62両になります。

背景にあるのは北陸新幹線の開業です。新幹線が通ると並行する在来線がJRから経営分離され、第三セクターに移管されます。そのとき車両も一緒に引き継がれるのが通例で、しなの鉄道の115系はまさにその流れで長野に残りました。

運行しているのは、しなの鉄道線(軽井沢〜篠ノ井)と北しなの線(長野〜妙高高原)です。篠ノ井から長野まではJR信越本線に乗り入れるため、長野駅でも115系を見ることができます。

「プロジェクト115」と復刻塗装の楽しみ方

しなの鉄道は2024年1月15日に「プロジェクト115」を始動しました。115系を2028年まで運行し続けながら、塗装の復刻やイベント開催で車両そのものを観光資源にしていく取り組みです。

その中心が復刻塗装です。S9編成は2024年7月27日に横須賀色(通称スカ色。クリーム1号に青15号)へ変更され、S11編成は新長野色に。ほかにも湘南色(黄かん色に緑2号)をまとった編成があり、「同じ115系なのに全部色が違う」という、写真映えする状態が作られています。

復刻塗装のいいところは、乗る側にとっても目的ができること。「今日はどの色が来るか」を楽しみに待てるので、駅で列車を待つ時間そのものが体験になります。乗務員体験プログラムやファンミーティングといった有料イベントも不定期に開催されており、申し込みは公式サイトのお知らせページから案内されます。

🎯 裏ワザ

しなの鉄道の115系は運用が日によって変わります。「どうしても乗りたい」なら、平日朝夕の通勤時間帯を狙うのが確率的に有利です。新型SR1系は日中の運用に優先的に投入される傾向があるため、朝夕のラッシュ時間帯のほうが国鉄形に当たりやすくなります。時刻表はしなの鉄道公式の時刻表ページで確認できます。

2026年3月14日の改正で、また2本減った

置き換えは静かに、しかし確実に進んでいます。2026年3月14日のダイヤ改正で、しなの鉄道はSR1系を新たに2編成4両導入しました。これに伴い、S1編成(しなの鉄道色)とS9編成(横須賀色)が引退しています。両編成は改正の前日まで通常の定期列車として走り続け、2月にはラストランイベントが開催されました。

この改正で、全列車の約8割がSR1系による運転になりました。裏を返せば、115系に当たる確率は5本に1本程度ということです。残る115系は3両編成で4本程度と伝えられており、数はかなり絞られてきています。

なお、置き換えはこれで終わりではありません。しなの鉄道は当初から「2028年まで」と期限を明示しているため、あと2年ほどで長野からも115系が姿を消す計算になります。

行く前に押さえておきたい、きっぷと運賃の調べ方

しなの鉄道はJRとは別会社なので、運賃体系もきっぷもJRとは独立しています。青春18きっぷは使えません(一部の特例区間を除く)。片道の運賃はしなの鉄道公式の運賃ページにPDFの旅客運賃表が掲載されているので、区間ごとの金額はそちらで確認するのが確実です。

1日でたくさん乗り降りするなら、フリーきっぷを検討する価値があります。「しなの鉄道線フリーきっぷ(平日用・休日用)」「北しなの線フリーきっぷ」「軽井沢フリーパス」など複数の商品が用意されており、2026年3月14日からはデジタルチケットでの発売も始まりました。ラインナップはお得なきっぷのページにまとまっています。

撮影と乗車を両方したい人には、フリーきっぷがとくに向いています。「1駅乗って降りて撮る」を繰り返すと運賃がかさむため、途中下車が自由になるだけで動きの自由度がまったく変わるからです。

📍 長野駅(しなの鉄道 北しなの線/JR信越本線・北陸新幹線)
所在地 長野県長野市大字栗田
路線 しなの鉄道 北しなの線/JR信越本線・篠ノ井線/北陸新幹線
公式サイト しなの鉄道 時刻表ページ

初めて乗る人がつまずく3つのこと|ドアは自分で開けます

ドアが開かない! 半自動ドアの正しい使い方

115系で最も多い「戸惑いポイント」がこれです。列車が停まってもドアが開かない。故障かと思って立ち尽くす人がいますが、これは半自動ドアの仕様です。乗客が自分でボタンを押して開けるのが正解です。

ボタンはドアの横、車内側と車外側の両方にあります。乗るときは車外のボタン、降りるときは車内のボタンを押します。閉めるときについては心配無用で、発車前に車掌が一括で閉めてくれるため、乗客が閉める必要はありません。ボタンを押しても開かない場合は、そのドアが車掌によって開放されていない(ドア扱いの対象外になっている)可能性があります。

この仕組みが導入されたのは、冬に暖房が逃げるのを防ぐためです。JR西日本の岡山地区で走るリニューアル車では、車外ボタンにLEDが入っていて夜でもはっきり光ります。初めて乗る人はまずドア脇に光るボタンを探す、と覚えておけば迷いません。

Q. ボタンを押して開けたドア、自分で閉めなくていいの?
A. 閉める必要はありません。発車時は車掌が全ドアを一括で閉めます。ただし冬場は、乗り降りが終わったら車内側のボタンで閉めておくと車内の暖気が保たれます。地元の人はごく自然に閉めているので、まねしておくと感じがいいです。

トイレはある? 和式が残る車両もあります

115系にはトイレが設置されている編成があります。ただし全車両ではなく、編成の端に近い車両の車端部に1か所というのが一般的な配置です。トイレのある車両は、その付近の座席がボックスシートではなくロングシートになっていることが多いので、外から見当をつけることもできます。

気をつけたいのが、和式のまま残っている車両があること。リニューアル工事を受けた車両では手すりが3か所増設されたりトイレットペーパーホルダーが交換されたりと改善されていますが、便器そのものは和式のままというケースがあります。洋式でないと困る人は、乗車前に駅のトイレを済ませておくのが確実です。

また、区間によっては1時間以上ノンストップに近い走りをする列車もあります。伯備線や山陽本線の長距離運用に乗るなら、乗る前にトイレの位置を確認しておく——これは国鉄形に乗るときの基本動作だと思っておいてください。

⚠️ 注意点

ボックスシートで4人向かい合わせの席に1人で座り、荷物を向かいの席に置くのは混雑時のトラブルのもとです。とくにしなの鉄道の朝夕は通学客で埋まります。荷物は網棚か足元へ。国鉄形は網棚が高い位置にあるので、大きな荷物はドア脇のスペースを使うほうが安全です。

シーン別の乗り方|通勤時間帯・休日昼・撮影メインで戦略が変わる

目的によって狙う時間帯を変えると、満足度が大きく変わります。とにかく115系に乗りたいなら平日の朝夕。新型車両は日中運用に優先投入されやすいため、ラッシュ時間帯のほうが国鉄形に当たる確率が上がります。ただし混雑するので、ボックスシートでゆっくり車窓を楽しむのには向きません。

ボックスシートでのんびりしたいなら休日の日中がおすすめです。乗車率が落ち着き、4人ボックスを2人で使えることも多くなります。しなの鉄道なら千曲川沿い、伯備線なら高梁川沿いと、車窓もこの時間帯がいちばんきれいです。

撮影がメインなら、フリーきっぷを買って「乗る・降りる・撮る」を繰り返すのが効率的です。国鉄形は側面の形式表記、モーター音、抑速ブレーキの動作音まで含めて記録の対象になります。音を録るなら、モーターを積んだモハ形式の車両(モハ115・モハ114)に乗るのが正解です。クハやサハはモーターがないため、走行音がまったく違います。

まとめ|国鉄115系電車に会いに行くなら、次の休みが一番早い

🚃 この記事の結論

115系に乗れるのは、しなの鉄道とJR西日本の岡山・下関エリアだけです。しなの鉄道は2028年までと期限が決まっています。

✅ 要点チェック
  • 誕生:1963年2月・総数1,921両
  • 113系との差:抑速ブレーキと半自動ドア
  • 座り心地:1000番台が最も広い
  • JR東日本:2022年3月11日に全廃
  • しなの鉄道:2028年まで運行予定
  • 保存車:新津鉄道資料館ほかで見学可

115系は1963年2月に登場し、1983年までに1,921両がつくられた直流近郊形電車です。111系をベースに抑速ブレーキ・半自動ドア・耐寒耐雪装備を加えることで、坂と雪のある路線を走れるようにした「働く電車」でした。そっくりな113系とは、走る路線・ドアボタンの有無・形式番号の3点で見分けられます。

番台による違いも押さえておくと乗車体験が変わります。0番台は非冷房で登場した最初期、300番台で冷房が付き、651両つくられた1000番台ではボックスシートの幅が1,040mm・間隔が1,490mmまで広がりました。3000番台は2扉・転換クロスシートという異色の存在で、いまも下関で走っています。

そして2026年8月現在、定期列車で乗れるのはしなの鉄道とJR西日本の岡山・下関エリアだけ。JR東日本は2022年3月11日に、新潟地区での運行終了をもって全廃しました。しかもそのラストランは事前告知なしでした。しなの鉄道は2026年3月14日の改正でS1・S9編成を引退させ、全列車の約8割がSR1系に。2028年までに115系は姿を消す予定です。JR西日本側でもG編成が2026年3月13日に運用を終え、227系「Urara」「Kizashi」への置き換えが続いています。

次にやることはシンプルです。長野へ行くなら、まずしなの鉄道公式の時刻表ページで運転時間帯を確認し、お得なきっぷのページでフリーきっぷを選んでおきましょう。狙い目は平日の朝夕、ゆっくり座りたいなら休日の日中です。もし走っている姿に間に合わなくても、新津鉄道資料館なら一般300円でクモハ115-1061に会えます。60年以上前に設計された電車が、いまも毎日ふつうに人を運んでいる——その光景が見られる時間は、もうあまり長くありません。

※本記事の運行情報・料金は2026年8月時点の内容です。ダイヤ改正や車両の置き換えで変わることがあるため、最新情報は各鉄道会社の公式サイトでご確認ください。

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この記事を書いた人

新幹線の窓側席と駅弁をこよなく愛する鉄道ファン。乗り換え案内や座席選びのコツ、お得なきっぷ情報など、鉄道旅をもっと快適にするための実用的な情報を中心に発信しています。交通手段の比較や空港アクセスガイドも得意分野です。

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